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MISアメリカ陸軍情報部

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第2次世界大戦中、日本人を祖先に持つ6000人以上の日系アメリカ人が陸軍情報部に従事し、その約半数はハワイ出身者でした。敵国である日本の言葉や文化に関する知識を有した陸軍情報部の兵士たちは、無数のかけがえのない命を救い、早期終戦に導く大役を果たしたといわれています。 

陸軍情報部の二世兵士の多くは、ミネソタ州の陸軍情報部言語学校で学び、やがて、少人数で編成されたチームで最前線から最高司令部に至るまでのあらゆる部隊に配置され、めざましい功績を残しました。彼らは太平洋やアジア、そしてイギリス、オーストラリア、中国など、連合国に駐留していた米軍師団に配置されました。 

二世兵士たちは、大日本帝国軍との攻防戦において、アリューシャン列島からガダルカナル、中国、沖縄まで、あらゆる戦地で戦いました。戦争捕虜の尋問や、日本側から入手した文書の翻訳、プロパガンダの執筆、ラジオ放送の制作や傍受を担い、敵陣への侵入、敵兵が潜んでいる壕の掃討、また、戦闘歩兵としても闘いました。その上、その容姿から友軍から日本兵に間違われる危険もあり、その恐怖を背負いながら戦い抜きました。 

日本軍が所有する全ての武器の一覧表を翻訳し、その後のアメリカ軍の爆撃作戦計画や日本軍の武装解除に多大な影響を与えた二世スペシャリストや、傍受した無線を解読・翻訳し、日本海軍の山本五十六長官が乗った一式陸上攻撃機撃墜計画を成功に導いた二世もいました。さらに、フィリピン防衛のために日本軍が発令した、連合国の攻略部隊を迎撃する計画「Z号作戦」の解読や翻訳に尽力しました。 

戦後、陸軍情報部は、近代化と民主主義化に向けて再建を目指す敗戦国の日本と、戦勝国である連合国占領軍との架け橋として、必要不可欠な存在となりました。 

業務の性質と、必要に応じて配置されたという事情から、陸軍情報部の存在は長く極秘扱いとされ、その功績は長年にわたって文書化されることはなく、公に知られることもありませんでした。 

終戦から55年が経った2000年、部隊に授与される最高級の栄典である大統領殊勲部隊章が陸軍情報部に与えられました。1942年5月1日から1945年9月2日まで敵国に対して勇敢に職務を遂行し、アメリカ軍の勝利に貢献したことが認められたのです。 

より詳細な情報はMIS Veterans Club のウェブサイトをご覧ください。

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